●書評のご紹介


『検証・カネミ油症事件』書評
●毎日新聞西部版夕刊 2005年03月07日号 高倉友彰


『私たちの仲間』書評
●日本経済新聞夕刊 2005年02月03日号 瀬名秀明 13ページ


『検証・ダイオキシン汚染』書評
●共同配信『新潟日報』1998年9月13日

廃棄物行政の転換主張

 東京・新宿の大気中のダイオキシン濃度はスウェーデンの都市の七十倍――。日本は環境、人体とも「世界最悪のダイオキシン汚染国」という現実にりつ然とする。汚染の実態や厚生省の怠慢、対策を求める市良運動の展開などを検証し、先進的なドイツを手本に、あるべき廃棄物対策を提言したのが本書である。「史上最強・最悪の毒物」とされるダイオキシンは、発がん性、催奇形性、生殖毒性、免疫毒性を持ち、がんや死産・流産、子宮内膜症、精子数減少、アトピ−性皮膚炎などの原因になると疑われている。母乳も汚染され、ごみ焼却場の周辺住民の血液から高濃度のダイオキシンが検出された…。日本にはこのような激甚汚染地が多いという。

 なぜ、このような絶望的な状況になったのか。ポリ塩化ビニールなどを使ったビニールやプラスチック類の生産・消費が激増し、大量の廃棄物が焼却されるためである。一般ごみ焼却炉からダイオキシンが発生することが分かった後、欧米諸国は一九八○年代半ばから塩ビ類などを極力燃やさないよう対策をとってきたのに対し、厚生省は「無為無策で十三年間を空費した」と指摘する。
 「できるだけ何もしない」行政の姿勢は薬害エイズそっくり。役人の「認識の貧困、勉強不足、使命感の欠如」に著者はがく然とし「日本人はダイオキシンによって滅亡の危機にある」と本書を執筆。
 厚生省は大型ごみ焼却炉を広域的に整備し、二十四時間運転で焼却する計画を進めているが、著者は何でも燃やす廃棄物行政を大転換すべきだと強く主張。塩ビ類の焼却を原則禁止したドイツは、ダイオキシン発生量を年わずか四Hに減らすことに成功した。
 本書が緊急提案する塩ビ類の生産・使用・焼却の原則禁止、さらに包装容器ごみの大幅削減など、十二項目の対策は重要だ。手本となる循環型社会を目指すドイツの実践リボートも貴重で、ち密な取材と膨大な情報量には圧倒される。ダイオキシン告発の決定版である。
                        〈船瀬俊介=環境問題評論家〉

【先頭に戻る】

『白神山地――森は蘇るか』書評
●『日本経済新聞』1998年5月31日(抜粋)

 林業が行き詰まり、山間部の荒廃が極まる一方、都市住民を中心に森林への関心はかつてないほど高い。国土面積の六七%が森林という世界有数の森林国ながら、近代日本の歩みは森を生かした国づくりとはほど遠かった。それが今、変わろうとしている。 (中略)

 森林保護か開発かを巡り話題となった白神山地。広大なプナ林はこの季節、芽吹いた若葉の薄い緑色に全山染まっている。焦点だった青秋林道の建設凍結から十年、その間の様々な動きを裏舞台も合めまとめた佐藤昌明著『白神山地−−森は蘇るか』からは、保守地盤の地で、自然保護史上に残る成果が残せた理由がつかめてくる。地元住民の危機意識に基づく粘り強い闘いと、地元自治体の動きを、ともに詳細に追った同書はこの一件が自然保護派の単純な勝利とは言い難いことを示す。
 青森県知事や自民党県議らの果たした意外な役割、彼らの判断の根拠となった県としての損得勘定などの記述も面白い。凍結したいが、いったん始めた公共事業を止めたら国へ補助金を返還しなければいけないのか否か。答えを探し、担当役人が走り回る姿には硬直した公共事業の構造も映る。
 長良川河口堰(ぜき)などとは連う経過をたどった白神だが「世界遺産」への登録に伴い、入山規制論争が続く。「森を取りm戻せ」との住民の声から始まった運動の結末が、人を閉め出しそうな雲行きなのは皮肉だが、このような試行錯誤も不可避かもしれない。森を単に木材資源と見る発想は廃れつつあるが、どんな価値がそれに代わるのか。議論は始まったばかりだ。 
                           (文化部 西岡ひょう)

【先頭に戻る】

『白神山地の入山規制を考える』書評
●『山と渓谷』1998年4月

 一万数千ヘクタールのブナ原生林が残されていることで、世界自然遺産に登録された白神山地。この地に林道を建設し、林道周辺のブナ林を伐採する計画を立てた林野庁は、林道計画が頓挫するやいなや、一転して自然保護の名のもとに登山者などの入山を規制しはじめた。そして、世界自然遺産登録を契機に当局の入山禁止方針が明確に打ち出され、かつて共に伐採反対、林道建設反対で一枚岩だった自然保護団体でも当局に同調するグループが出現。「入山規制、入山禁止派」と「入山禁止反対派」とに分裂した。
 こうした経緯は本誌でも何度か報告されているが、現在の入山規制をめぐる論争に社会学的なメスを入れたのが本書である。テーマは「なぜ、原則入山禁止なのか」、「入山禁止にすれば、白神山地の保全は可能なのか」、「そもそも、自然保護とは何なのか」の3点。本書はこうした疑問に応えるべくひとつの方向を提示している。
 筆者は千葉大学の助教授という肩書をもつ研究者である。学生時代から白神山地に足を運び、自ら山を歩いているだけに分析には説得力がある。一昨年、地域開発と環境保全の社会学的観点から『白神山地と青秋林道』(東信堂)を上梓しているが、同書が学術論文で構成されているため、「一般的読者に読んでもらう」という視点が欠けていた。本書はその点をクリアしていることも評価したい。

(豊田和弘)

【先頭に戻る】

『「日の丸」「君が代」「元号」』考・紹介
●『ウーマンズ・アイ』1998年2月1日

 「日の丸」「君が代」を国旗・国歌と定める法律はないのになぜ、学校など教育の場では強制されるのでしょうか。オリンピックで表彰の際に掲揚される音楽は国旗・国歌ではなくてもいいとオリンピック憲章で決められていることを知っていますか。「元号」も使用は強制されないはずなのに、なぜ元号で書かれなければならないと思わされているのでしょうか。
 この本では、「日の丸」「君が代」「元号」がいつごろ現れどのような歴史を持っているのか、どうして現在「日の丸」「君が代」は国旗・国歌のように扱われているのか、そしてこれらが引き起こした問題や事件にはどのようなものがあるのか、他国での旗や歌はどうなのか、を見ながら、国のシンボルは本当に必要なのかを含めその変革の可能性を考える、目から鱗のQ&Aを満載しています。
 私たちの〈日常〉に?(クエスチョンマーク)を。

(吉田朋子=小社)

【先頭に戻る】

『図書館づくり運動実践記』書評
●『図書館雑誌』1998年2月

 本書のサブ・タイトルにいう「三つの報告」とは、宮城県仙台市の「仙台にもっと図書館をつくる会」、埼玉県鶴ヶ島市の「鶴ヶ島の図書館を考える会」、そして佐賀県伊万里市の「図書館づくりを考える会」の実践記録である。
 著者の3人、扇元久栄さん、栗原進さん、盛泰子さんは、地域の住民。いずれも10数年にわたり、それぞれの図書館づくり運動の発端から中心にあって、運動の仲間たち、さらにはさまざまな地域の住民と、苦悩も喜びも分かちあってきた方々である。
 各編ともすぐれた達成の記録であるが、峠に立つと、新しい展望が開けるだけでなく、長い上り道の体験が改めて見えてくるもの。その試行錯誤の一歩一歩に、学び、経験したことが率直に語られるとき、その生きた知恵が、あとに続く人々を元気づける。折にふれ、ことにつけ思いがけないほど役立つにちがいない。東北、関東、九州と離れているのに、それぞれの息があっていて、21世紀の各地の営みに蘇り、呼び交わすのでは、と想像するのも楽しい。
 各編には、運動の節目で大きな役割を果たした資料が豊富に添えられ、また大小の年譜や図面が理解を助けてくれる。加えて中身にピッタリの漆原さんの写真が、随所で精彩をはなっているのが、ことのほかうれしい。
 その漆原宏さん、図書館を20年間写真に撮りつづけてきた希有の図書館ウォッチャーが、久しく温めてきた思いをこめて提起するのが、もう一つのサブ・タイトルの示す「新・図書館づくり運動論」である。
 図書館を撮影しながら、この人ほど広く全国各地を訪ね、さらに住民運動に取り組む人々と語り合い、数々の運動記録を読み続けてきた人は稀なのではないか。70年代から今日まで、図書館が大きく変わってきたことを痛感しつつ、しかもすばらしいサービスを展開する図書館が次々にあらわれているつい隣に、なおみすぼらしい図書館が少なくなく、図書館不在のまち・むらさえおびただしく厳存することを著者は見据えている。それだけに著者の目は、より一層図書館を訪れる人々のさりげないたたずまいや表情に注がれるのであろう。そして自分たちの図書館を持っているもっと多くの人々に心をこめて語りかけずにいられないのである。
 著者は、「本好きで図書館が好きな人」だけでなく、「図書館を必要とする人」がもっともっと隠れているはずだという確信から出発する。暮らしと仕事、趣味や楽しみなど生活のもろもろの内実に根ざす「必要」を本気で汲み上げるには、著者はまず、図書館を法の直訳としての「教育・文化施設」ではなく、「生活・文化施設」として捉えなおしたいという。この視点に立てば、とかく本好きの人たちしか視野に入らない、これまでの多くの図書館運営の偏りが見えてくる。「社会のすべてをとりこんだ図書館」へと、住民がそれぞれの生活の拠り所と力を呼びあい、結びあい、本物の自治へ。これが著者の提唱する、これからの「図書館づくりネットワーク運動」の眼目と受けとった。
 本論の大部分を占めるのは、はじめて図書館運動に取り組み人々、運動のさなかにある仲間たちへの、きめこまかいアドバイスである。その節々にこうした哲学が織り込まれ、生きてくる。国の図書館政策が変質しはじめたこれから先、行政側を説得していくのは住民の知的活力。その具体的な方法を今こそ、と著者は呼びかけているのだ。
 本書の各編は、直接的には図書館員のあり方にはほとんど触れていない。筆が抑えられているのであろう。しかし私は、図書館員にぜひ本書を読んでもらいたいと思った。住民と一緒に考え、図書館づくりを進めていくために。そんな呼びかけが聞こえてくるのだ。

(伊藤松彦=鹿児島短期大学非常勤講師)

【先頭に戻る】

『大雪山のナキウサギ裁判』書評
●『赤旗』1998年2月9日

生物多様性条約の内容実現に

 北半球に限られるナキウサギ属は19種知られ、エゾナキウサギは大雪山系など北海道の山岳部一部地域のみに生息する氷河時代のレリクト(残存生物)である。
 1965年に始まった大雪山国立公園内を縦断する士幌高原道路計画はこのナキウサギの生息地を破壊し、貴重なレリクトを絶滅に追いやろうとしている。十勝自然保護協会はナキウサギの生息地を守るため、全国の自然保護団体に呼びかけながら反対運動を続けている。1974年に日本で開催された国際植生学会に参加した外国人研究者は、日本の国立公園における道路建設計画の無謀さに驚いている。
 1972年にいったん中止された工事は、87年に工事再開を宣言し今日に至っている。96年におこなった住民監査請求が無視されたため、札幌地方裁判所にたいして「生物多様性条約ならびに環境基本法に違反するため、道路建設に関する一切の支出をおこなってはならない」と提訴して現在抗争中で、その成りゆきには多くの国民が注目している。
 本書はこの裁判を支援する会に参加している約二十名が分担執筆したもので、道路建設計画の内容とそれが及ぼすナキウサギの生息環境破壊の実態、反対運動の経過と現状を詳細に記述している。
 エゾナキウサギを天然記念物にすべきであるとして、その意義について、氷河時代の地形地質についての研究者や動物学者がそれぞれ専門の立場から解説している。
 この裁判の経過を記したところでは、ナキウサギ裁判の意義が生物多様性条約の内容の実現にあるとして、問題点を解説している。そのため本書の冒頭に、大雪山国立公園開発計画の底にある「人間が大切という倫理の欺まん」を説き、「ゆたかに生命を生む大雪よ……」という詩を掲げていることが注目される。
 本書の末尾に資料として、裁判の訴状や陳述書、準備書面、生物多様性条約および環境基本法の内容を掲げている。
 日本列島の自然保護について、本書を通じてぜひナキウサギの訴えに耳を傾けられたい。

(大森昌衛=古生物学者)

【先頭に戻る】

『水俣病闘争の軌跡』自著紹介
●『週刊金曜日』1997年12月19日

40年にもわたる壮大な人間ドラマを伝えたい

 1971年12月、川本輝夫氏たちが東京・丸の内のチッソ本社に突入したころ、私は有楽町のの朝日新聞社で、翌春の入社に備えて無線講習などを受けていた。目と鼻の先で川本氏らの苦闘が続いていたはずなのに、まったく記憶がない。駅周辺で「怨」の黒旗を立てた同世代の若者がカンパを募っているのを見たことはある。しかし、それ以上の関心を持とうとしなかった。何のために新聞記者になったのか、という疼きが今もある。
 環境庁を担当していた90年12月、北川石松長官の水俣訪問に同行した。留守中、事務レベルの責任者である企画調整局長の山内豊徳氏が自殺した。当時、水俣病全国連が各地で起こした損害賠償請求訴訟をめぐって、裁判所の和解勧告が相次いだ。和解に応じるべきだという世論と、拒否の構えを崩さない関係各省庁。板ばさみの中で山内氏は苦悩した。このときも、日々の現象を追うのに精いっぱいで、水俣病患者と環境庁との長い因縁の歴史は十分には理解していなかった。
 新聞記者がサラリーマンとしてやれる仕事の内容と分量は限られている。95年4月、九州で新聞を発行している西部本社の社会部で編集委員になったとき、公式確認から40年目を迎えた「水俣病紛争」に、政治的決着がつけられようとしていた。いまこそ「水俣病闘争」の歴史を紙面に記録しなければ、個人的にも悔いが残ると思った。
 本書は、96年1月から5月まで『朝日新聞』西部本社版に長期連載した「黒旗の下に――川本輝夫たちの闘い」に大幅に加筆して、一本にまとめた。
 あとがきに書いたように、本書の狙いは川本氏という個人を縦糸に「闘争の起承転結を伝える」ことにある。40年にわたる壮大な人間ドラマを門外漢が十分に描けるはずもないが、水俣病を歴史上のできごととしてしか知らない人たちにとって、本書が何らかの手がかりを与えることができれば、と願ってやまない。

(池見哲司=朝日新聞鹿児島支局長)

【先頭に戻る】

『「戦争の記憶」その隠蔽の構造』書評
●『週刊金曜日』1997年12月19日

過ちの記憶

 田中伸尚は新著『「戦争の記憶」その隠蔽の構造』(緑風出版)の「あとがき」に興味深い事実を記している。
 今年の9月下旬、和歌山県新宮市の市営墓地の一隅に「高木顕明師を顕彰する」という説明版がついた碑が建てられた。高木は浄土真宗大谷派に属する浄泉寺の住職だったが、83年前に悶死している。
 高木は被差別者の解放に取り組む一方、日露戦争では非戦論を唱え、公娼の設置にも反対した。
 しかし、1910年に天皇暗殺を企てたとして幸徳秋水らが逮捕された「大逆事件」に連座し、死刑判決を受ける。これはまったくのでっちあげだったが、大谷派はこのことを理由に高木を永久追放処分にした。そして高木は孤立無援となって秋田監獄で首を吊ったのである。
 それ以後の高木は教団にとって「忘れられた存在」だった。いや、忘却の淵に深く沈められた存在だった。
 ところが、高木の存在を闇から掬い上げようとする動きが、大谷派の中に出てくる。70年代の半ばから、同派では侵略戦争に積極的に加担した歴史と向き合おうという風潮が高まり、96年春になってようやく高木に対する処分を撤回したのである。追放から86年ぶりの復権だった。
 田中は「大谷派は高木を処分した事実、その事実の忘却(隠蔽)という二重の過ちを慚愧し、謝罪した」と書く。
 次々と戦争についての記憶が消えていく、というより消されていく中、大谷派で高木が復権を遂げたことに私は驚く。
 やはり、さまざまなところでさまざまな営みがなされているのだろう。
 「忘却とは忘れ去ることなり、忘れえずして忘却を誓う心のかなしさよ」とは「君の名は」の名文句だったが、忘れることなくして記憶はできない。記憶するということは、その他多くのことを忘れ去ることである。
 大谷派ではないが、同じ浄土真宗の本願寺派の奈良にある西光寺に「人の世に熱あれ、人間に光あれ」の水平社宣言の起草者、西光万吉は生まれた。27歳の時にこの力強い宣言を起草しながら、のちに西光は転向して軍国主義を推進したために、たとえば部落解放運動史などからは抹殺されている。
 しかし、西光は侵略戦争に加担したことを恥じて、敗戦直後にピストル自殺を図っている。未遂に終わったが、西光の自責の念は深かった。
 人間はもちろん、組織もしばしば間違いをおかす。そのとき、どういう態度をとるか。
 私は間違いをおかさない、いや、おかさないと思っている組織や人間には魅力を感じない。あるいは、間違った人間にこそ、次には間違わない行動がとれるのかもしれない。その意味で、大谷派と西光万吉には学ぶべきものがある。

(佐高信)

【先頭に戻る】

『環境を破壊する公共事業』書評
●『ポリマー・ダイジェスト』1997年11月

辺境・離島からの告発

 財政改革論議で公共事業がクローズアップされている。なぜ公共事業はふえつづけ、当初の目標とは条件が異なっても、変更することなく続行されるのか。そのメカニズムも次第に明らかになってきた。
 この本には“環境”の問題から、公益よりもむしろ害悪を形成している公共事業をあげ、その経過と現状を報告したもので、12の地点を取り上げている。その中で、北海道・二風谷ダム、小笠原兄島空港計画、石垣島の土地改良事業をはじめとする沖縄県7つの島の事業が興味ぶかい。辺境ないし離島での事業が、わが国の開発優先で突出し、多くの問題点を押し流すように進められていることが顕著に示されている。
 北海道・二風谷ダム計画で、水没した一帯はアイヌの給与地である。明治政府の北海道旧土人保護法でアイヌに与えられたが、農耕民でないアイヌには利用しにくかった。それをよいことに、たくみに“給与地”のレッテルをはがして買収した。これは明らかに少数民族に対する差別であった。参議院議員のアイヌ人萱野茂氏らが起こした訴訟(ダム認定は違法)は原告勝利の判決が出た。しかしすでにダムには水がたたえられた。
 沖縄の島々の場合にも似たようなことが言える。同一民族とされているが、沖縄の歴史と風土は明らかに本土とは異なるものである。その特異性を無視した公共事業が、さまざまな軋轢を生むのは当然のことだろう。

【先頭に戻る】

『アイヌ差別問題読本』紹介
●『出版ニュース』1997年9月中旬

 差別の実態を知る。差別を超えるものを見すえ、差別を破る。そのためには、まず偏見を思い知る必要がある。知らないことを知る必要がある。アイヌってどんな人たちですか、に始まり差別をなくすためにはどうすればいいのか、迄、問いに答えるかたちの構成がなされている。外見となかみ。縄文人との関連や、少数民族・先住者としての姿。日本の歴史への登場の仕方と、エミシ、コシャマインの活躍。シャクシャイン反乱の事実や、アイヌを騙してきた和人のいわゆるアイヌ勘定の実相。

 江戸時代や明治時代に時の権力者がとってきたアイヌ差別政策や、北海道旧土人保護法のもとでのアイヌたちの処遇。独立への志向と、現代のアイヌの闘いの実態。アイヌ新法や文化振興法の課題と問題点。アイヌの血と汗の暮らしは実感できなくても、ひととおりの蒙は拭いさられるようにできている。資料や文献も末尾に掲げられていて参考になる。

【先頭に戻る】

『パート・アルバイトのトラブル対処術』書評
●『労働新聞』1997年10月13日

様々な問題は問答式で解決

 1週間の所定労働時間が正社員に比べて短かければ、その労働者は短時間労働者として括れる。いわゆるパートタイマーだが、仕事の内容や労働時間が正社員と変わらない「疑似パート」と呼ばれる労働者が問題。“短時間”労働者ではないから、原則的に正社員と同じく労基法などの権利保護が受けられるが、いかんせん「パート」の響きは軽い。労働条件が軽んじられている現実に対応すべく登場したのがパート労働法だった。
 雇い入れの際に労働条件を明示した書面の交付や、短時間労働者用の就業規則を作成することが定められてはいるものの、基準を満たさない事業場が少なくない。
 本書はもっぱらパートさんたちがトラブルに遭遇したときの対処術を問答式に説いたものだが、筆者2人が労政事務所で相談役の経験をもつ、いわば現場を知る人の書であるため、1つひとつの質問に真実味もあり、各回答も裁判例や各種データの多用ですこぶる説得力に富む内容に仕上がった。労働者用に著された書とはいえ、十分に経営陣の用も満たすに違いない。
 それぞれの問答を他山の石としたい。

【先頭に戻る】

『遺伝子組み換え食品の危険性』紹介
●『晨』1997年11月

 バイオテクノロジーの進歩に伴い、さまざまな人工的な「生命」が作られている。「クローン猿」などは、いささかの恐怖を交えて取り上げられているが、実は、植物の世界では、遺伝子組み換えによって作られた作物が輸入されていることをどれだけの人が知っているだろうか。しかも、そうした食品は、はっきりとした安全性が確認されていないにもかかわらず、その表示すらされていないのだ。
 はたしてこれらの食物に毒性はないのか。また、環境への悪影響はないのか。それは、遺伝子組み換え食品の歴史が浅いので、何ともいえない。が、漠然とした不安に襲われることは確かだ。せめて表示だけでもしてほしい、というのが人情ではなかろうか。
 バイオテクノロジーはすぐれた科学である。しかし、すぐれた科学は往々にして両刃の剣であることも多い。今後、これらの問題を、注意深く見つめていく必要があるだろう。

【先頭に戻る】

『これでいいのか高速道路』書評●
『東京新聞』1997年3月30日

庶民の怒りと疑問を大声で

 20代の前半をヨーロッパで暮らし、帰国したときに首をかしげたのは、高速道路の料金だった。アウトバーンは無料だったのに、なぜ日本は有料なのか。しかも半年もすると、その疑問も忘れてしまった。そして20代の後半から30代のはじめまでオーストラリアで暮し、帰国したときには怒りにかわった。
 オーストラリアにもほんの一部に有料道路はあったものの、建設費の返済が終わると同時に無料になったと聞いている。どうして日本では値上がりする一方なのか。しかし、仕事に追われるうちにその怒りも消えてしまった。
 自民党政治がかろうじてつづいているのは、こうした庶民の疑問や怒りが声にならなかったからだろう。「これでいいのか高速道路」は、それを大声で叫んだ本だ。
「自民党には道路調査会というものがあり、百人近い国会議員が所属している。道路族議員のたまり場である」とし、故田中角栄から渡部恒三、中村喜四郎にいたるまで、ずらりと実名をあげている。
「道路族の役割は、道路建設計画の拡大、道路予算の獲得、道路関係法制の整備、さらには、道路工事の入札への介入もある」
 読みすすむにつれて、ああ、そうだったのかと、途切れていた疑問の糸が一つずつつながり、新しい怒りがわいてくる。
 “道路族のボス”だった中村喜四郎は、「自民党建設部部長、道路調査会会長、建設大臣と言う具合に、『建設組道路一家の若頭』として、トントン拍子に出世してきた」。
 しかしもう一方の「建設組組長」だった小沢一郎により、「ゼネコン汚職の罠にみごとにはめられてしまったという見方もある」。
 かつては多くの政治評論家は、政治家と“密着”することにより内部情報を入手し、政治家の側の視点で論じてきた。しかしこの著者は、カネとヒトの流れから法制度にいたるまで、われわれの側から書いている。私が、一つひとつ納得しながら読めたのは、そのためだろう。

(中野不二男=ノンフィクション作家)

【先頭に戻る】

『水俣病闘争の軌跡』書評
●『信濃毎日新聞』1996年11月24日(抜粋)

“現代の怪物”追った全成果

 海でとれたもの、畑でつくったものは天の恵みであり、人の生命を育ててくれる。自然の巡りを断ち切ったチッソに対し、水俣の人は命を返してくれ、金はいらぬ、金を出してもそれで責任を果たしたと思うな、保障とは、病み苦しむ人の一生を人として生きる補償だと叫び続けた。……そんな中で終始初志を貫いた川本輝夫さんも、また人間としての強さ弱さ、ありたけの人間の能力、知恵、精神力を使い切り通した。一人の男の潜在能力を出し尽くすと、ここまでやれるのだという見本を川本さんたちは歴史に残した。
 この本の著者は、現在、朝日新聞西部本社社会部編集委員である。大新聞の記者ならなんでも取材できると思われるが、そこには多くの限界点がある。それを断ち切って一つのことに集中するのは、意外に困難なのだが池見さんは見事にハードルを越えた。九州で生まれ九州に仕事を得た彼は水俣を捨てられなかった。その全成果が本書だ。どんなに複雑で困難で長かったか、\水俣病闘争]という現代の怪物は、何十葉の写真とともに姿をあらわした。チッソの教訓は残念ながらまだ生かされていない。731部隊の流れをくむミドリ十字、責任を転嫁しあう厚生省の幹部、学会に君臨してカネのために患者を見殺しにした大学の主。黒旗に死民の字を染め抜く闘う人々は、まだ当分、安眠できないのである。一新聞記者が、その気になればここまで書けるという、これは混迷の今の世の光明である。

(中島誠氏=文芸評論家)

【先頭に戻る】

『ルポ・東北の山と森』書評
●『北海道新聞』1996年11月10日(抜粋)

公平な視点で「開発」を問う

 東北地方は国内でも比較的豊かな自然が残っているといわれている。しかし同時にこれらの地域はいずれも深刻な過疎化の問題を抱えている。その過疎から脱却せんがための方策として、どちらかというと行政主導権型でおこなわれてきた東北各地のリゾート開発と森林破壊。本書は、血気盛んな若手新聞記者たちが集まって「山を考えるジャーナリストの会」を作り、その開発の経緯や是非を地元に密着して問うたルポ集である。……
 ……そのいずれにも共通しているのは、自然破壊はけしからんという思いは抱きつつも、地元の色々なサイドの人々とまじめにつき合い、そしてなるたけ公平に意見をくみ取って紹介していこうという姿勢である。かつて全国的に騒がれた知床国有林伐採問題で、東京在住のある有名な全国紙の記者が書いた、片方だけに肩入れした一方的な記事が忘れられないだけに、この姿勢はさわやかですらある。とくに、白神山地を保護するための一般の人々の入山禁止措置に揺れる地元の現状報告の最後にある、「保護のためには今や規制を設けるよりは、むしろ『世界遺産』を返上して、名もないふるさとの山に戻すことが一番の近道かも知れない」、という言葉に自然に対する本書の記者たちの心情がにじみ出ているのを感じる。

(青井俊樹氏=北海道大学苫小牧地方演習林助教授)

【先頭に戻る】

『検証・リゾート開発[東日本篇]』書評
●『福島民友新聞』1996年7月29日(抜粋)

人間と自然の共生に焦点
リゾート法廃止訴える

 主張ははっきりしている。1987年に制定された総合保養地域整備法、いわゆるリゾート法を廃止すべきと訴える。そのためリゾート法がもたらした実態を地元で自然保護の立場から開発反対運動などに取り組んできた人たちが一つずつ検証した東日本編。
 「リゾート」――この甘美な言葉に土地は高騰し、札束が踊り、結果的には実態のないバブル景気を作り出し、いま日本はそのツケにあえいでいる。しかし、目が向けられているのは経済的側面ばかりで、乱開発で破壊された自然、生態系がどうなったか、そしてこのまま放置すればどうなっていくのかにはあまり目が向けられていない。
 「クマゲラがおらんとワシらは住めんのか……」。筆者がショックを受けた北海道の農民の言葉が紹介されている。その裏には貴重な野生生物がいないと自然保護運動にならないのか、リゾート開発を阻止できないのかとの意味が込められている。あらためて人間と自然の共生を考えさせる。

【先頭に戻る】

『ドキュメント日本の公害』紹介
●『読売新聞』1996年2月3日(抜粋)

日本の公害史13巻を書き上げた
川名英之さん

 1巻平均500ページに及ぶ本を12年間書き続け、今月最終巻を出して完結した。タイトルは「日本の公害」(緑風出版)。13巻を重ねると45センチになる。
 「はじめは4巻ぐらいのつもりだったんですが、だんだんと増えてしまって」と静かに笑う。副題にある通り、ドキュメントとして自分が現場で取材したものを中心にまとめ始めたのだが、書いているうちにテーマが広がってきたという。
 新聞社の環境記者としての20年にわたる活動の総決算でもある。5年前に新聞社を定年で辞めてから一人アパートにこもり、昨年、年金をもらうようになるまで、フリーター生活。出版社の事務、塾の先生、老人学級の作文教師などをしながら過ごしてきた。
 「書きながら寝て、起きるとまた書く。そんな日ばかりで、頭の中は本のことだけでした、ええ」。何がそこまでかりたてたのか。「60年代、70年代の悲惨な公害の雰囲気を知っている者として、今のうちに活字に残しておきたかった」
 足尾鉱毒事件、水俣病、食品公害、核問題、薬害、大規模開発と、近代の公害が詳細に語られている。非常に幅広いテーマがあり、それぞれに専門家がいるのだが、日本には全体を見渡せる人材は少ない。総合的な問題としての環境問題を学問的にとらえる必要性を、この通史が訴えている。
 「日本公害史」といった講座を持っている大学はほとんどなく、通史は完成しても教べんをとる機会はまだない。が、「次は21世紀への提言のようなものを書きたい」と、ますます意欲を燃やしている。

(岡島成行氏=解説部)

【先頭に戻る】

『論争・宗教法人法改正』書評
●『日蓮宗新聞』1995年12月20日(抜粋)

宗教法人見直す機会

 本書では結論を求めることより、現実を通して審議のための資料提供にウェイトを置いているが、同弁護士会に寄せられてきたオウム被害110番、統一協会等の霊感・霊視商法など悪どい募金教団被害などの実態から世界的にみられるカルト教団の犯罪等反社会的活動の実態を提示されると、このままでよいのかと思わざるをえないことは確かである。
 弁護士として、あるいは宗教関係者として、オウム・サリン事件、坂本弁護士一家殺人事件などの救援・救出に奔走してきた人々の徹底討論であるだけに大変参考になる。
 もちろん国家権力への不信感もあって(現実の歴史が物語る)「介入への道を開く」という立場からの反対、そうは言っても現実に矛盾点も多い(東京都の認証だけで全国はもとより世界的に支部を置いて展開できる)ので、「これらだけでも改正すべき」で賛成といったように、決して「一本」ではない(この時点)だけに、かえって、判断を冷静に下せる資料ともなっている。

【先頭に戻る】

『電磁波はなぜ恐いか』紹介
●『食べもの文化』1995年11月号(抜粋)

 電子レンジでチンするだけで、ホカホカのご飯ができる、火傷の心配のない調理器具、どこでもいつでも使える携帯電話と、世の中どこまで便利になるのか! と唖然とするこの頃です。
 その便利な生活の陰に、電磁波の問題が存在します。目に見えない電波、高・低周波の電磁波が、体に影響をおよぼす実感はありませんが、ハイテク汚染のまっ只中に、私たちが身を置いていることを知らされます。……
 電磁波が細胞やホルモンによくない影響を与えるらしいのです。恐れすぎるのも考え物ですが、仕事や生活の場で、どれほどの電磁波があって、どんな影響があるのか、危険を回避するにはどうすればいいのかなど、一度じっくり知ることは大事でしょう。「まず知ることからはじめること」を痛感した一冊です。

【先頭に戻る】

『労働者の対案戦略運動』書評
●『毎日新聞』1995年9月13日(抜粋)

 不況がつづいていて、春闘は解体状況にある。すでに大企業を中心とした日本の労働運動は、企業防衛意識に取りこまれて、すっかり力を失ってしまった。その再生の道筋を描くのは、とても困難なことで、まだまだ長く時間を必要としよう。
 最近、労働者の運動として注目されているのは、ワーカーズ・コレクティブの運動である。これは「労働者協同組合運動」と解釈されていて、関係書もいくつか出版されているが、実践的な報告書として「労働者の対案戦略運動」が発刊された。
 ……労働者の自己重視を戦略的に追求していこう、という試みは、少数派労働運動の中から、次第に形をあきらかにしつつある。……
 日本では、倒産攻撃にたいする自主生産の実践をふまえて、いくつかの成功例がある。労働者の生きる道を、生産を通して具体的に探る団体が、いま各地に生まれつつある。

(鎌田さとし氏=ルポライター)

【先頭に戻る】

『住民自治で未来をひらく』書評
●『新いばらき』1995年7月17日(抜粋)

 (出版呼び掛け人の久慈力さんは、)「一般住民の声を地方自治に反映させ、首長や議員など一部の権力者の行き過ぎを防ぐシステムの確立が最大の目的」と語る。それには市町村行政区の住民自主組織「自治会」とは、その「運営」とは何かを住民自身が自覚しない限り権力はガバナビリティ(統治されやすい)と侮り愚民視行政を繰り返す。
 ……全国ネットワーキング(情報網組織)形態でマクロ(巨視的)に地方行政の問題点を収集する「住民自治ネットワーク実行委員会」が、多くの識者に原稿依頼、出版社を動かして社会に住民自治のありかたを訴える第1集であるということだ。……
 「住民自治ネットワーク実行委員会」は、既存類似組織通常のネットワーク・プロトコル(情報組織規約)や会費納入義務がないユニークな組織である。それだけに『住民自治で未来をひらく』は――国家は国民を抑圧する――という解釈で政官界に「権力」の免罪符を与えず、自由にペンを駆使した論評は混迷の一途を辿る現社会に覚醒的指針をもたらす一冊である。

(阪東直樹)

【先頭に戻る】

『クルマが鉄道を滅ぼした』書評
●『エコノミスト』1995年6月13日

 米国を訪れた人なら誰でも、自動車なしではどこにもいけないという状況に驚いた経験があるはずだ。そうしたクルマ社会が実は、米自動車メーカーの独占によって意図的に築かれたものであるという。
 本書の原本は1974年、米国議会の反トラスト及び独占小委員会に著者のスネル弁護士が提出した報告書である。当時世界的にも大きな反響を呼んだが、自動車業界の圧倒的な影響力の中でついに商業出版はされなかった。それがついに今回、日本で翻訳・出版されたのである。発表後20年を経て状況は変わったとはいえ、その警告は今も新鮮で重要な意味を持っている。
 ビッグスリーが全米の交通産業を支配し、広く行き渡っていた鉄道網をバスに置き換え、さらに自家用車に置き換えていく。独占によって得られた利益が、公共交通体系破壊の政治キャンペーンに使われていく。その過程が詳細に描かれる。その結果としての環境汚染と交通渋滞は、米国民にとって高いツケとなったのであるが、果たして日本は……。

【先頭に戻る】

『米国自動車工場の変貌』書評
●『週刊朝日』1995年6月2日(抜粋)

日本的経営の優位性揺さぶる
米国の草の根民主主義

 (島田晴雄氏が)トヨタ自動車の労務管理システムが米国の工場で根付いてうまくいっていることを絶賛したのは7年前だった。……しかしその後の事態をみているとどうやらそれほど一本調子ではないらしい。
 (本書は)米国に進出した日本の自動車工場と、日本的な労務管理を取り入れつつある米国の自動車メーカーの工場で生起している事柄を克明に伝えているが、米国の職場が日本と決定的に異なるのは、経営者の考えることが、容易に現場に反映されないことである。……
 なぜそのような違いが生じるのかは一言では表わせないが、基本的には労働者の幸福感の差があるだろう。少しづつ出世をすることによって事態を改善しようとする日本の労働者と、必ずしも職場(仕事)には自分の幸福を求めない米国労働者との差が大きいようだ。それは労使関係や組合運動の差となってあらわれてくる。
 米国のブルーカラーの世界を描いた本書は、日本的経営の優位性を唱える論者の根拠を激しくゆさぶると同時に米国の草の根民主主義が、日本の工場のありようを鋭く批判しているように評者には見える。

(中沢孝夫氏=経済評論家)、

【先頭に戻る】

『チェルノブイリの惨事』著者インタビュー
●『はんげんぱつ新聞』1995年4月20日付記事より抜粋。

ロジェ・ベルベオークさんに聞く

――チェルノブイリについて書かずにはいられなかった動機について、お話しいただけますか。

ロジェ 事故のニュースを聞いたとき、即座に、現代の産業形態のなかに入り込んだ核が引き起こした決定的な惨事であるという実感があったわけです。原発の近くの住民のみならず、きわめて多くの人びとが被害をこうむり、影響は計りしれないだろうということ、また、私たち自身や原子力産業にかかわる技術者、官僚たちもふくめて、核エネルギーの管理に対する基本概念を転倒させずにはおかないだろうという予感をもちました。
 もう一つは、当時のソ連の中央政府の責任者たちと世界の中の原子力の専門家、とりわけ世界でも原子力開発で先んじていたフランスの専門家たちとの間で、事実を覆い隠す共謀が行なわれたことです。それを放置すれば、犠牲を強いられたチェルノブイリの住民をはじめ、世界の市民に対する西欧の科学者としての責任を放棄することになる、と考えました。そこで、西欧のメディアが隠蔽していた事実を伝え、証言することの重要さを感じたわけです。

――爆発した4号炉に対する応急手当てとして旧ソ連政府がつくった石棺がとても危険な状態で、それが崩壊したりすると大量の放射能が放出されて第二の惨事が起こりそうだと言われています。西欧と旧ソ連の科学者が共同して石棺を再建する計画についてどう思われますか。

ロジェ 私たちの本にも書いたのですが、この問題は微妙です。確かに石棺が危険な状態にあるのは事実ですが、マスコミ好きの問題として大騒ぎされすぎています。それだけを論じると、もっと大事な問題を見えなくしてしまう危険があります。実際、危険なのは石棺ばかりではありません。
 西欧の科学者たちは、現在の科学技術を結集して処理にあたると表明していますが、本当に問題を解決できる方法があるのかを、まず問わなければなりません。彼らはあたかも可能のように見せていますが、そんなに簡単ではないと思います。

(聞き手/コリン・コバヤシ氏=ふくすうの文化、在パリ)

【先頭に戻る】

『スキー場はもういらない』書評
●『下野新聞』1995年3月21日(抜粋)

大資本の手先になる行政
自然破壊の歯止めに好著

 ……私もこの本を読むまで、スキー場が人工雪マシンや融雪防止剤など、大変なエネルギーで維持されているとは知らなかった。ゴルフ場の例にもまして、行政と業者の癒着がはげしく、秘密のうちに大資本の手先になって準備が進められ、反対住民にはさまざまな圧力やいやがらせがかけられる。幸いバブル経済がはじけてかなりの計画が中止になったが、壊れた自然と借金を地元に押しつけて大資本は生きのびる。本書では主に北海道、東北、中部の例をあげて、この大規模な自然破壊を告発し、反対運動の成功例から何を学ぶかを示している。これ以上日本の自然を壊さないために、地域住民に役立つ本である。

(宇井純氏=沖縄大学教授)

【先頭に戻る】

『ドキュメント昭和天皇』書評
●『信濃毎日新聞』1993年4月17日(抜粋)

「大河ドキュメント」

 私が「田中伸尚」という名前に出会ったのは、10年前、書店の店頭であった。「ドキュメント昭和天皇」という題名の本があった。
 手にとってみると、「第1巻 侵略」とあり、全6巻にいたる予定だという。著者、田中伸尚氏は1941年生まれ、朝日新聞記者を経たフリージャーナリスト、とある。4冊の著書があげられていたが、不敏にして知らなかった。
 しかし、近年刊行される日本現代史の著作に核心の事実を覆ったものが多く、不安定な思いをさせられていた私は、「ドキュメント」のタイトルに誘われて買い求めた。
 読み始めるや、大いに刺激され、一気に読み通した。第2巻を待ち遠しく思った。また、3、4人の友人のために買い、すすめた。
 以来10年、6巻の予定が8巻に増え、この3月末に完結をみた。膨大な資料と研究にもとづく入り組んだ事実が、新聞記者の修練を経た著者によって幅広くとりあげられ、しかも明快に整理して記述されている。
 ここには、まぎれもなく「歴史」がある。悔恨に満ちた、今日なお切実な思いをもってかえりみざるをえない、私たちの現代史がある。
 E・H・カーのあまりに有名なことばを借りれば、「歴史とは、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話」である(岩波新書「歴史とは何か」)E・H・ノーマンもまた、「歴史の中心問題は、民族の場合でも国家の場合でも、変化の性格を発見し説明することである」という(岩波文庫「クリオの顔」)
 田中氏の著作は、まさに、そうした意味での歴史である。その大河ドキュメントは、だれが戦争を始め、いかにして戦争は終わったのか、その間に何が行なわれたのか、を読む人に深く考えさせる強い力をもっている。
 そして、田中氏は、全巻を終えるにあたって「本書は、アジア・太平洋戦争期の日本国家によって被害を受けた人びとに捧げたい、と思う」と、結んでいる。
 敗戦直後の議会の再出発をめぐって、次の叙述もある。「議員たちは戦争責任をなすりつけあい、きわめて重要な問題を、深化させることなく、政党の駆け引きの道具と化した」(第7巻)
 いまも変わらざる光景である。

(安江良介氏=岩波書店社長)

【先頭に戻る】

『ドキュメント昭和天皇』書評
●『信濃毎日新聞』1993年5月9日(抜粋)

10年の歳月挑んだ労作

 10年の歳月をかけて完結したこの大河ドキュメントは、事実をもって語らしめながら、その関係の根幹を衝く大労作である。……
 第1巻を「侵略」と題して始めた著者が、第8巻の「象徴」を、東京裁判における天皇不起訴で終えたのは、ここが「戦後天皇史の最初の切れ目」であり、このあと、舞台は第二幕に移り、「そこでは役者も替わり、装置も証明も新しくしなければならない。天皇さえも新しい仮面(ペルソナ)を被って出てこなければならない」からである。
 「天皇裕仁の政治的なディテールにこだわる方法論」によって書かれたこのドキュメントで一貫しているのは、昭和天皇の戦争責任の追及である。
 著者は第3巻の「崩壊」で、敗色濃くなった昭和19年8月5日に、天皇が参謀総長の杉山元に、「米軍をピシャリと叩くことは出来ないのか」と言ったのを引く。昭和天皇を平和主義者と呼ぶ人間が少なくないが、こうした発言はそのイメージをくつがえすものだろう。
 第5巻の「敗戦(下)」では、いわゆる終戦の「聖断」についても、事実を示して疑問を投げかけている。この大著は十分な読みごたえをもって読者に天皇制への再考を迫るものである。

(佐高信氏=評論家)

【先頭に戻る】

『検証・統一協会』書評
●『週刊文春』1993年4月(抜粋)

 著者の山口広は、霊感商法対策弁護士連絡会の事務局長として、6年間にわたって統一協会の被害者救済にあたった弁護士。
 執筆に当たっては全国300名の弁護士や7000名の被害者から集めた膨大な情報を、再構成したという。
 紹介されている一つ一つの内容自体、衝撃的な事実が並ぶ。が、その記述は法律家らしく抑制が利き、あくまで被害者や元信者、家族などの証言と証拠をして事実を語らしめている。

【先頭に戻る】

『ドキュメント日本の公害』(第8巻)書評
●『公害と対策』1993年1月号(抜粋)

 (本書は)民間空港と米軍基地の公害問題を追いかける中で、いかに多くの被害者が苦悩の中から選んだ「訴訟」という手続を経てしか、その対策の道が開けなかったことを事実として示している。
 ほとんど「凶器」ともいえる100ホン以上の騒音環境を「公共性」の名の元に「受認範囲」といい続ける国。米軍基地問題では「安保聖域論」としてハナから相手にされなかったことも一度や二度ではない。まさに公害問題や公害対策というより、「公害との戦い」の歴史書である。

【先頭に戻る】

『ナショナル・トラストの誕生』書評
●『読売新聞』1992年12月7日(抜粋)

小さな種で実った大きな運動

 ナショナルトラストとは、英国で1895年に入会地とオープン・スペースを保護し一般人に公開するために設立された市民団体のことである。この団体は由緒ある歴史的建造物などの保存も目的としている。この本は、この団体の創立に貢献した3人の人物を中心に英国におけるナショナル・トラスト運動をわかりやすく述べたもので、今日の自然保護や環境問題を考えるためにも大変参考になる。
 ……この本は囲い込みに反対して立ち上がった19世紀のオープン・スペース運動からはじめて、ロバート・ハンター、オクタヴィア・ヒル、ハードウィック・ローンズリィというミドル・クラス出身の3人の運動家によって、ナショナルトラストが設立されるにいたる過程を生きいきと描き出すことに成功している。子供のとき何が欲しいかと質問され、いつまでも走り回れるような広い野原が欲しいと答えたというオクタヴィアの生涯がとくに印象に残った。ウィリアム・モリスやラスキンなど19世紀英国の知識人のこの運動へのかかわりも知れて興味深い文化史ともなっている。訳者の直接取材による現在のナショナル・トラストについて触れたあとがきも行き届いた解説である。リゾート開発という名の反ナショナル・トラスト運動に荒らされる日本の自然と市民の生活とのちがいをよく考えるための格好の書といえよう。巻頭の写真が素晴らしい。

(青木保氏=マンチェスター大学ユニテリアン・カレッジ学寮長・ユニテリアン協会牧師)

【先頭に戻る】

『ドキュメント日本の公害』(第7巻)書評●
『山陰中央新報』1992年4月14日(抜粋)

淡水化問題取り上げる

 ……淡水化問題の第4章は、80ページに及ぶ貴重な記録となっている。中海・宍道湖の開発が、中海新産業都市との関係や全国の地域開発の歴史のなかで整理されていて、この事業が凍結したことの歴史的意味を改めて意識させられる。
 重要な史実も折り込まれていて興味深い……長良川河口堰(ぜき)等の今日の問題を考える上でも、一読をお勧めしたい一冊である。

(保母武彦氏=島根大学法文学部教授)

【先頭に戻る】

『PKO問題の争点』書評
●『図書新聞』1991年11月23日(抜粋)

海外派兵という日本支配層の利害

 湾岸戦争を契機に作られた日本の国際貢献という政治的ムードは国連協力を名目とした自衛隊の海外派兵法を成立させかねない状況にある。……本書はそうした時代状況の要請に応える数少ない書物の一つである。PKO法案提出の意図、背景、それがはらむ問題点について8人の執筆者が解説し、疑問をなげ、憂慮を示す。……
 湾岸戦争の過程で日本は執拗に自衛隊の派兵を試み、経団連は分をこえて掃海艇の派遣を主張し、実現させた。PKO法案の立法の目的は執筆者のほとんどがさまざまな視点から主張するとおり、自衛隊の海外派兵を政府が適宜に実行することにある。星野安三郎、山内敏弘は法理論からPKO、海外派兵を批判する。本書の各論は関連する内外の資料とともに日本の進路を憂うる人には一読に値する。

(宮嶋信夫氏=國學院大學講師)

【先頭に戻る】

『湾岸戦争と海外派兵』紹介
●『出版ニュース』1991年3月下旬(抜粋)

 ……そもそも湾岸戦争とは何であったのか? その戦争目的を今一度トータルに整理するならば、本書の提起と分析は貴重である。……
 100頁程を費やして、「国連平和協力法案の国会論戦が記録されている。その杜撰な答弁の背後に見え隠れする日本政府の狙いは何であったのか、改めて問い直してみる必要がありそうだ。〈自分が望み、考えている平和の具体的な内容を、ひとりひとりにおいて選び、表現する〉ためにも必須のテキストといえよう。

【先頭に戻る】

『ドキュメント日本の公害』(第5巻)書評
●『産経新聞』1991年1月31日(抜粋)

高度成長期の破壊の実相を解明

 ……とくに開発計画がひきおこした環境破壊のケーススタディーとして新産業都市に指定された岡山県の水島工業地帯の公害と瀬戸内海の水質汚濁をとりあげ分析している。なかでも兵庫県高砂市の住民運動のなかから生まれた「入浜権」という環境権の思想とそれに基づく自然海岸の保護をめざす運動の進展はドラマチックである。

(木原啓吉氏=千葉大学教授)

【先頭に戻る】

『東西ドイツを超えて』書評
●『サンデー毎日』1990年10月7日(抜粋)

西独の高慢は他人ごとでない

 ……(ドイツ)社民党左派の立場に対して、別の展望を突きつけているのはルドルフ・バーロ『東西ドイツを超えて』である。著者は、東独で反体制運動にかかわって79年に西独へ追放され、今度は西独緑の党の理論的指導者の一人となったが85年にそれとも決別、独自の立場で評論を続けている論客である。
 彼は、統一ドイツはたとえ中立化されたそれであっても恐れることはない、と言う。エコロジー・平和運動がポツダム体制を無用にし、しかもそれを政治的レベルだけでなく心理的構造のレベルでも達成して、ドイツ人の精神構造に巣くう権威主義を逆転すれば、「私たちは過去の責任に決着をつけられる」からである。しかし彼にとって問題の核心は、ドイツが一つになるかどうかではない。
「二つのドイツでも悪くないし、おそらくもっと多くの小ドイツ諸国家になったらもっといいのに」
 とバーロが言いながら「東西のエコロジー共同体」という概念を打ち出す時、そこには別の回路での国民国家の超え方が提示されているのである。
 今のコール的な統一過程は、あるところまでは止めようもなく進むに違いない。だが、今年(90年)12月に予定されている東西合同の総選挙で、コールのやり方を批判してきたラフォンテーヌの社民党や緑の党が力を増せば、改めて「統一とは何か」の本質的な議論が西と東の両方で起こってくるかもしれない。

(高野孟氏=評論家)

【先頭に戻る】

『ピース・アクション・ハンドブック』書評
●『月刊自治研』1990年8月(抜粋)

 イギリスの反核運動のハンドブックが翻訳された。欧米には市民運動のマニュアルが数多く出されているときくが、翻訳出版されたのはこれがはじめてだろう。
 筆者は反核運動に限らず、運動のマニュアル・ブックがぜひとも日本の市民運動にも必要だと感じてきた。本書に紹介されたマニュアルはかならずしも日本の市民運動の状況にそぐわないものがあるとしても、なかなか参考になることの多い本だとおもう。……
 さて本書は「英国が核を放棄し、非核ヨーロッパへの第一歩として英国から核を撤去させたい」と考えた市民が、それも運動にかかわりきれない市民がどんなアクションができるかをガイドした本である。運動とは一般に核撤去なら核撤去という考えを社会にどう構造化するかにあるといってよいとおもうが、本書はそれを市民が実現していく方法を実践的に教えてくれる。前半は働き掛け方であり後半は活動の仕方についてのべているといったらよいだろうか。……
 全体を読み通すとき、ヨーロッパには自立した市民の自発的な運動として市民運動があり、市民の活動を形成する技術もまたかなりの蓄積をとげていることが読み取れるとおもうがどうだろうか。日本の運動も「学習会」と「デモ」を常套手段とするスタイルからの転換を遂げようとしているとすれば、具体的な技術の面でもその基礎にある考え方の面でも学べるところが多いと思う。訳文はこなれていて読み易い。欄外には日本の反原発運動での経験が注記されている。日本の市民運動の経験を集約したマニュアル本の出現を期待したい。

(内田和夫)

【先頭に戻る】

『自然保護事典』(1・山と森林)書評●
『山と渓谷』1989年11月号(抜粋)

 ……「危機に瀕する自然を読む事典」というキャッチ・フレーズがついたこの本は、日本の山と森林が直面している自然破壊の現状が、おもに各地での保護運動の中心的存在の人たちによる筆で書かれていて、われわれ登山者にとってはまさに自分自身の問題として考えさせられる。
 古くは南ア・スーパー林道、ビーナスライン問題、最近では各地でのスキー場建設問題などが詳しくレポートされており、改めて日本の自然の危機的状況を認識しなおす一冊である。

【先頭に戻る】

『ルーカス・プラン』書評
●『週刊読書人』1988年1月18日(抜粋)

社会の役に立つ生産

 ……本書は、自分たちの働く航空宇宙関係の会社がテクノロジーや社会に関して取っている方針に異議を唱えたイギリスの労働組合活動家たちの重要な運動についての報告である。……「社会の役に立つ生産」というアイディアは、その後いくつものキャンペーンの中心的なテーマとなり、同時に、それは環境保護団体、平和団体、住民団体などに歓迎されたのである。
 本書にあるように、最終的には、会社側はこの「プラン」をつぶし、労組の中心的な活動家たちを解雇その他の形で追い払うことに成功したが、このアイディア自身は、その後、イギリス地方自治体の変革運動へとうけつがれていったのである。

(里深文彦氏=相模女子大学教授)

【先頭に戻る】

『ドキュメント日本の公害』(第1巻)書評
●『毎日新聞』1987年2月9日付(抜粋)

「激化」の時期の持つ意味

 日本の現代史を記述しようとするとき、どうしても1章をあてて書きこまなければならないのは、経済大国成立史の影の部分としての公害問題である。しかし、その前に求められるのは、公害問題の全経過を俯瞰する作業であろう。……
 個別の事件ごとに、ドキュメンタリーなタッチで記述されているのだが、それらが数百ページの1巻に集積されると、この書が対象にした「公害激化」の10数年間の時期が歴史的にどのような意味を持っていたかが、はっきりと浮かび上がってくる。

【先頭に戻る】

『ドキュメント昭和天皇』書評
●『週刊読書人』1986年5月12日(抜粋)

宮中の奥深くを取材

 ……天皇の権威と国権とを一体のものとみていた昭和天皇は、戦争を起こすのも勝つのも天皇=国家のためと思い、しかし敗戦の責任はついにとらなかった。著者は記録を綴ることによって、巧まずして結果的には、天皇(制)が国民にとり百害あって一利なきことを証明してみせたのである。

(中島誠氏=評論家)

【先頭に戻る】

『ドキュメント昭和天皇』(第2巻)書評
●『週刊ポスト』1985年9月20日(抜粋)

「昭和」像を抉り出す大作

 ……著者は、全面戦争に突入していった時代の国家・社会像を、すべて広い意味で天皇・天皇制国家の問題として綴ろうとしているのだといえる。
 ……天皇に全権を集中した国家の罪悪を多面的に暴露するという手法は、あらゆる次元での天皇の罪科を立証してゆく上で、きわめて有効な側面をもっていたということができる。

(菅孝行氏=評論家)


【先頭に戻る】